太宰治と「らぷる」
こんにちは!鹿内の娘です。
当店一番人気のりんごのお菓子、「らぷる」が各地を旅します「旅するらぷる」(初回はこちら→https://shikanai.co.jp/974/)、次はどこに行こうかなぁーと陸奥新報(陸奥新報さん、いつもお世話になっています)をめくっていましたら、「太宰ウィーク開幕」という記事を発見。青森県・旧金木町(今は五所川原市)出身の作家、太宰治さん。来年が生誕110年にあたり、ここ数年、様々なイベントが開催されているとのこと。
おおー、そういえば、斜陽館って行ったことないなぁ。よし今日行こう、今から行こう。「旅するらぷる」、新寺町から1キロ圏内を飛び出します。ところが太宰作品、かなり前に一作品読んだことがある程度で(しかも人間失格。暗い。)、これはいかんと思い自宅にありました「津軽」こちらを読んでから行くことにしました。
”私は津軽に生れ、そうして二十数年間、津軽において育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村については少しも知るところがなかったのである。”
との序章からはじまります。
太宰さん、わかる、わかるよその気持ち。けっこう面白いじゃ~ん(偉そう)と半分ほど読んだところで、そろそろ行かないと閉まっちゃう。こうして「斜陽館」へ向かいました。
太宰治記念館「斜陽館」は弘前から車で1時間ほど。
「斜陽館」は小説家・太宰治の生家。青森県五所川原市(旧金木町)にあります。
途中で五所川原ショッピングセンター「エルムの街」に寄りつつ、けっこうスイスイ〜っと行けます。ちなみに、「エルムの街」隣接の「五所川原イトーヨーカドー」さんでは、「らぷる」をはじめ、2018.10.17現在、しかないせんべい商品のお取り扱いがあります。ぜひお立ち寄りください(^o^)
「津軽」の中で太宰も言っていますが、金木から見る岩木山は、弘前から見る岩木山より少し遠く、また違う見え方です。新鮮でした。
斜陽館に到着!
太宰の家は大地主だとは聞いていましたが、本当に、でかい家である。
↓斜陽館単独券のほか、津軽三味線会館との共通券もあります。
↓太宰ウィーク開催中!
↓町歩きプランやタクシープラン、映像作品の上映などが楽しめる模様です(^o^)
広い。広いぞぉぉ!話には聞いていましたが本当にボンボンですねこれは
↓2階には洋間もありました!2階もお部屋がたくさんありました。
↓お庭も広いなぁ〜池があるよ池が。
津島家はどんなお家だったのか
太宰治、本名は津島修治。明治維新後、津島家は金融業を営み、金木の大地主でした。太宰の父、津島源右衛門は貴族院議員。その羽振りの良さは、金木の殿様と呼ばれるほどだったそうです。ひ〜殿様ってどんだけ。
金融業を営んでいた源右衛門は、自身が筆頭頭取の「金木銀行」を設立し、青森の田畑を含めた長者番付では4位にもなったことがあるとか。斜陽館の中にあった津島家のお仏壇、すんごい豪華でした。
斜陽館は、源右衛門が金融業店舗、兼住宅として建てたもので、総工費は当時のお金で4万円。現在の7〜8億円に相当するそうです。ひょえ〜。戦後の農地改革で母屋は手放され、人手に渡った後は、旅館「斜陽館」として親しまれました。へー知らなかった。その後旧金木町が買い取り、平成10年、太宰治記念館「斜陽館」として開館。記念館になったのは割と最近(と言っても20年前ですが)なんですね。
ささ、太宰さん、らぷるをどうぞ。
斜陽館、こういう表示↓があるところはARアプリをダウンロードして読み取ると、太宰さんと写真を撮れるという現代的なお楽しみがありました!これは!らぷるとの共演が期待できる!通信制限なぞ気にせずその場でアプリダウンロード。
それー!ぴこぴこぴこ
ほほっ!幼少期の太宰さんwithらぷる。らぷる召し上がれ。
↓大人になった太宰さん。
さ、太宰さん、ここはひとつ、らぷるをどうぞ。
ささ、遠慮なさらずどうぞどうぞ。
ふふ。何やってるんだわたし。らぷるは太宰さんの代わりにわたしがいただきました。
↓こんなお楽しみうちわもありました。らぷるは人間じゃないので大丈夫です。ほかにも何種類かありましたよ。
写真撮影不可のエリアには、太宰が着用していた着物やマント、津島家の調度品なども展示されていました。津島家の裕福さが伝わってきて、その中で作家としての生涯を歩んだ太宰の境遇が、なんだか切なく感じられました。
斜陽館駐車場はこちら↓弘前・五所川原方面から斜陽館へ向かって、左手の観光物産館さんの駐車場に停められました。今日は平日の15時頃でしたが、けっこう車が停まっていました。観光シーズンなど混む時期はすぐいっぱいになりそう!?行かれる際は、駐車場の混み具合を事前に問い合わせた方が良さそうです。
弘前へ帰ってきてから、「津軽」の続きを読みました。
(以下少しネタバレ)———————–
Sさんが卵味噌卵味噌と連呼する場面。そうだよね卵味噌ね、風邪のときはよく祖母が作ってくれました。お粥には卵味噌です!
最後、たけに会えてよかったね…。と思いつつ、最後の解説を読みましたら、なに、この再会の場面、フィクションなの!?ちょっと太宰さん!
最後の一文はかっこよかったです。
”さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。”
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おおーかっこいいー。他の太宰作品も読んでみようと思います。
太宰治とらぷるの共演が果たされました。
みなさま、読書の秋です。読書のおともにらぷる、いかがでしょうか。
らぷるの美味しさについて、こちらでご紹介しています。
【2018.10.21追記】
この後、「斜陽館」の名前の元になった「斜陽」を読みました。
上流貴族の没落を描いた作品。太宰の、生まれてから玉川上水にて心中するまでの人生を念頭に読み進めました。現代では「上流貴族」という立場が想像がつきにくいですが、当時ベストセラーとなったことを考えると、当時の人たちにとっては共感が得られる内容だったのかなと想像できます。弟・直治の最後の選択やその思い、かず子の決断には、共感はしづらいですが、わかるところもある気がします。上原と太宰が重なる部分もあります。
青森県出身で、弘前にもゆかりのある太宰治。太宰がどんな人生を歩み、それをどう作品にしてきたのか、さらに興味を持ちました。他の作品も読んでみます!らぷるから始まって、まさか太宰治を読むことになるとは。らぷるちゃん、ありがとう。